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言いたいこと置き場

SOUL CATCHER(S)の魅力 -マンガ表現上の特徴と作者の熱意がフツーじゃない-

はじめに

 この文章は、私が大学在学時に座学の授業での期末レポートとして提出したものである。
 素人の拙い文章だが、SOUL CATCHER(S)(著:神海英雄)というマンガ作品の特徴と魅力を客観的に伝えることができれば良いと思う。

あらすじと物語の目標

 神海英雄作、SOUL CATCHER(S)は、2013年から週刊少年ジャンプにて連載が始まり、その後少年ジャンプNEXT‼︎から少年ジャンプ+への2回の移籍をして、2016年に完結した。

 物語は、現代の群馬県を舞台に、人の心を"見る"ことができる高校2年生・神峰翔太と、同じ高校「鳴苑高等学校」の吹奏楽部に所属する天才サックス奏者の刻阪響との出会いから始まる。神峰は、自分の持つ「心を"見る"ことができる」能力によって、刻阪が人の心を掴む音が出せることを知る。人の心を"見る"ことで、音楽を正確に導くことができる神峰の才能を体験した刻阪は、神峰を指揮者として音楽の世界へ勧誘する。
 音楽の楽しさと、人の心を変えられる可能性を知り、吹奏楽部に入部した神峰は学生指揮者を志望するが、音楽初心者の異例の希望であるために各楽器のパートリーダーに認められることが必要になる。そして、他校吹奏楽部の学生指揮者の伊調鋭一、サックス奏者の弾徹也などとのライバル関係によって切磋琢磨し、鳴苑高校吹奏楽部はコンクールでの全国出場を目指す。
 神峰の人の心を"見る"能力は、作中で「共感覚(シナスタジア)」として位置付けられ、他に伊調、他校フルート奏者の吹越聖月、同校ホルン奏者の管崎舞、舞の双子の兄・管崎咲良の4名が共感覚を持っている。
 神峰と伊調は共に、共感覚で見ることのできる「虹(色)の音」を音楽の最高の表現として追求している。

作中の音楽表現

 作中では、前述した「共感覚」を持つ神峰や伊調の見る世界として音楽が表現される。特に、神峰の視点では、具象的なビジュアルで音楽が表現される。
 例えば、刻阪のサックスの音は人の心を掴める「手」、パーカッションの音は人に衝撃を与える「雷」、トランペット奏者の音羽悟偉の音は人を威圧する「怪獣」、強豪・天籟高校吹奏楽部の合奏は「虹を口の中に突っ込まれたような」という描写である。
 また、視覚化された音と心のビジュアルは独立しており、刻阪の音が「手」であるのに対して、刻阪の心はサックスのキーとキーガードの形を模している。
 神峰の能力では、演奏者・聴衆の心と、音楽の情景・印象が同一の世界に置かれ、神峰は人の心と音楽を同時に観測することで、演奏表現を高める助言を行うことができる。

 第1話では、刻阪の幼馴染み・滝沢桃子(モコ)の絶望した心を「深い海」として"見た"神峰が、刻阪に音を「真っすぐ深く‼︎突き刺せ‼︎」と指示する。無意識のうちに、演奏にプレッシャーを感じていた刻阪にそれを自覚させ、モコの心を救う手助けとなる。
 この描写に「SOUL CATCHER(S)」らしさがある。音楽は、それ単体や、個人の努力だけで高められるのではなく、音楽が聴衆の心に影響を与え、その時々で聴衆それぞれにとって独立した意味を持つものだという考え方である。

 心と音楽は具体的なキャラクターとして描かれ、登場人物の乗り越えるべき精神的な壁や、他の登場人物とのライバル関係によって、演奏シーンでの対決がバトル漫画のアクションシーンのようになる。相手が同じ曲を同時に演奏している(重奏している)場合は、一本の時間軸の上でその場面が描かれるが、コンクールでの演奏などのシーンは、異なる時間を同時に描かれている。
 op.22(第22話)で、神峰と伊調は演奏会で同じ楽曲を指揮することになる。プログラム上では、第3部2校目の演奏として「竹風高校 エル・クンバンチェロ」、3校目の演奏として「鳴苑高校 エル・クンバンチェロ」となっている。ここで神峰は、自分の立つ指揮台に同時に立っている「伊調の幻影」を見ることで、音楽による精神的なバトルをすることになる。
 また、op.69(第69話)では、県のコンクールでの「やり直しなし」の演奏を、録画された映像の様に巻き戻し、再生することで、複数のライバルとのバトルを描いている。もちろんコンクールでの演奏は複数校が同時に行うものではないので、主人公の演奏にライバルが介入してくるのは、実際はおかしい。あくまでも、精神的な「心を"見る"能力」を延長したビジュアルの表現である。

楽器の性質と登場人物の性格

 「SOUL CATCHER(S)」の前半を占める物語の目標は「神峰が指揮者として各パートリーダーに認められること」である。各パートリーダーは、その性格や神峰の見る「心の見た目」が「楽器にもたれる典型的な印象」に合わせてキャラクターがつくられている。
 トランペットの音色は、作中で「重ねた音の一番上に立つ王の様な存在」と言われる通り、強く華やかである。トランペットパートリーダー音羽悟偉は、高い演奏技術と他人に精神的圧力をかける物言いで、部員から「暴君」と呼ばれている。「心の見た目」はドラゴンのような怪獣(と内側に潜む赤ん坊)である。
 フルートは、音が柔らかく優しい印象のある楽器である。フルートパートリーダーの吹越花澄は、温厚で争いを好まない性格を持って登場する。「心の見た目」も一輪の野花として描かれる。

 同じ楽器を演奏するキャラクターは複数登場するため、全てのキャラクターがその通りではないが、鳴苑高校吹奏楽部のパートリーダーを中心に、キャラクターたちは、楽器の典型的な印象をそのまま擬人化したような性格をしている。

週刊少年ジャンプ吹奏楽を描くということ

 「吹奏楽部は運動部」。多くの吹奏楽部経験者が語る言葉である。実際は文化部に分類されるが、演奏におけるフィジカルの重要性、重たい楽器や機材の運搬、先輩・後輩の上下関係、チーム意識、大会への情熱などがそう思わせるのだろう。実際に、練習メニューに腹筋や走り込みを含める学校もある。運動部と文化部、どちらの面も持っているのが吹奏楽部である。
 運動部マンガといえば、週刊少年ジャンプでも「キャプテン翼」「SLAM DUNK」「ROOKIES」「ホイッスル!」「テニスの王子様」「アイシールド21」「黒子のバスケ」「ハイキュー‼︎」などの多くの名作が掲載されてきた。神海英雄も、2010年に「LIGHT WING」というサッカー漫画を描き、週刊少年ジャンプへの初連載となっている。
 しかし「LIGHT WING」が1年での連載終了となったことからもわかるように、週刊少年ジャンプで運動部マンガが必ず売れるというわけではない。さらに文化部マンガとなると、その部活自体の人気の少なさやマンガ表現上の地味さもあり、人気は上がりにくく、特に週刊少年ジャンプではヒット作に乏しいと言えるだろう。

 また多くの運動部マンガでは、登場人物が超人的な技巧を使って試合を行う。派手なアクションと明確な決めのシーン、それを行うキャラクター性によって、マンガ映えさせやすいからである。
 しかし、本作で超人的な技巧を持っているキャラクターは存在しない。神峰は、人の心を見ることができるが、演奏や指揮の能力とは直接関係のないものである。共感覚の他にも、循環呼吸や絶対音感などの能力が登場するが、現実でもそれらの技術や感覚を持っている人はいる。基本的に、現実で再現可能な範囲を超えない技術が描かれている。

 また、週刊少年ジャンプにおいては、男中心の人間関係で描かれる物語が求められている面もある。一方で吹奏楽部は女子人気が高く、多くの学校で女子部員が多数になる。もちろん男子部員も存在し、男子校にも吹奏楽部が存在するので、吹奏楽部=女子という見方は偏っている。
 だが、世間の想像しうる「吹奏楽部」に迎合し、物語に女子を多く登場させるとすれば、マンガのジャンルをラブコメにするという方法も当然考えられるだろう。
 しかし「SOUL CATCHER(S)」第11巻の登場人物紹介のページに載っている21人中、女子は7人である。これは、同じく週刊少年ジャンプ掲載の「僕のヒーローアカデミア」の主人公の属する1年A組が20人中、女子6人であることと比較しても大差がなく、「吹奏楽部だから」という先入観に基づかない「少年漫画」の体裁に則ったキャラクター構成であることがわかる。また、ストーリーに恋愛要素も含まれるが、主軸になってはいない。
 神海は、週刊少年ジャンプで掲載する上で「吹奏楽のカッコよさ」は、少年の活躍を通して描くべきだと考えたのだろう。第11巻の作者あとがきでは「吹奏楽で戦うとか、殴り合うとかあり得ない(中略)それでも敢えてやろうと決めたのはやっぱり『それが少年漫画の面白さだから』です。」と話している。

 また、他誌における音楽マンガとしては、「のだめカンタービレ」「坂道のアポロン」「青空エール」「四月は君の嘘」「覆面系ノイズ」などが、アニメ化・実写化が行われ、ジャンプスクエアで連載されている「この音とまれ!」もアニメ化されており、音楽マンガが世間に求められていないわけではないことがわかる。
 「読者からの人気」が物語の長さと展開を大きく左右し、そのために掲載作品の流動性が高い週刊少年ジャンプで、「SOUL CATCHER(S)」は確実に根強いファンを獲得した。どちらかと言うと人気が出にくいであろう文化部マンガ、女子人気の方が高いであろう題材、超人的技巧を登場させない作品であるにもかかわらず、本作は着実な人気を得て、掲載先を変えながらも完結へたどり着いた。
 そこには神海が吹奏楽経験者であり、自らが体験した音楽の魅力を心の底から伝えようとする情熱があったことで、「週刊少年ジャンプ」という大きな物語の上において異例づくめの吹奏楽マンガを成功させたのである。

 「SOUL CATCHER(S)」op.57(第57話)は、本作が少年ジャンプNEXT‼︎に移籍し、掲載された最初の話である。ここに神峰の「普通じゃないスかね? オレ 初心者なんで フツーとか よくわかんねェスわ」という台詞がある。この言葉は、週刊少年ジャンプ吹奏楽を描くということの本質を語っているように感じられないだろうか。